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ボーイズリーグの球春到来!第41回春季全国大会 奈良県支部予選がいよいよ開幕します。
2月26日(土)・27日(日)・3月5日(土)の3日間に渡り、全国大会を目指して熱い戦いが始まります。
奈良県は全国上位の強豪チームが居るので厳しい戦いになりますが、まずは1勝してチームを盛り上げていきましょう!
また…皆様の温かい応援をよろしくお願い致します。

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2011.02.24 Thu l 未分類 l top ▲
 今季から女子プロ野球「京都アストドリームス」に新入団した宮原臣佳投手(20)が6日、出身チームのオール大和ボーイズ(奈良県)の後輩たちと自主トレを行った。投球練習やフリー打撃などを笑顔でこなした宮原投手。プロ入りまでにはさまざまな苦労があったが、「夢を追い続ける強い気持ち」と「素晴らしい仲間の存在」が後押しした。

 小1から野球を始めた宮原選手は「小4の時に高校は(女子日本一の)神村学園へ行くと決めていた」と笑う。中学に進むとごく自然にオール大和で硬球を握った。

 当時は今と違い女子チームがないどころか、女子選手は公式戦への出場も認められていなかった。「それでも、高校で野球をするための準備期間」と割り切り練習に励んだ。「たまに練習試合に出られるだけでよかった」と振り返るが、当時を知るオール大和の青崎総監督は「彼女が男だったらよかったと何回も思った」と、実は戦力として期待していたことを明かす。

 「女子だから、ここまででいいと制限するのは嫌」という勝ち気な宮原選手。野球を続ける上で、1つ年上の兄・知也さんの存在が大きかった。毎日練習をしてくれるパートナーとして、また相談相手として頼りにしていた兄は、いつしか目標、そして超えなければならない存在となっていった。オール大和を卒団すると、本当に鹿児島・神村学園高へ野球留学し、願いをかなえた。時には男子野球部の部員と合同練習し「女子の中でおさまっていてはダメ」「もっと上を目指そう」と自らを律した。

 「いい仲間にも恵まれた」と話す。高3の08年、女子ワールドカップ日本代表から落選し、悔しさが過ぎて野球が嫌になった。高校卒業後は野球をやめる覚悟だった。しかし、才能を惜しんだ当時の全日本スタッフからクラブチーム「倉敷ピーチジャックス」入りを勧められ、改めて野球に前向きに取り組み始めた。

京都アストドリームスに入団した宮原臣佳投手(前列左から5人目)はオール大和の後輩たちと笑顔でピースサイン 在籍した2年間、チームは順調な成績を残す。昨年は再び日本代表としてベネズエラでのワールドカップに出場。世界一に輝いた。プロへのステップアップを迷う彼女を後押ししてくれたのも倉敷ピーチジャックスの仲間たちだった。「ダメならピーチに帰って来い」とやさしく送りだされ、受けた入団テスト。「取材陣が多くて、手が震えるほど緊張した」そうだが、持ち前の威力のある直球が評価され、見事合格。晴れて京都アストドリームスの一員となった。

 「私、何か“持ってる”んです」と流行のフレーズを照れ笑いで口にする。「夢をあきらめない気持ち」と「素晴らしい仲間」を持っている右腕が女子プロ野球のスターを目指してスタートを切った。
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京都アストドリームスに入団した宮原臣佳投手(前列左から5人目)はオール大和の後輩たちと笑顔でピースサイン

 ◆宮原臣佳(みやはら・みか)1990年5月7日、奈良県安堵町生まれ。20歳。中学生時代はオール大和に所属。鹿児島・神村学園高から倉敷ピーチジャックスを経て今季から女子プロ野球「京都アストドリームス」入り。06、10年IBAF女子ワールドカップ日本代表。投手、右投右打。
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豪快なフォームから威力のある直球を投げ込む宮原投手 

(2011年2月9日12時08分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/boys/article/news/20110209-OHO1T00131.htm
2011.02.06 Sun l 未分類 l top ▲
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